日本人材機構

地方有力企業 経営幹部への転職 北海道特集

株式会社アミノアップ化学
研究部部長
西岡 浩さん

自分が発見した物質で世界の人々を幸せに
北海道の自然の恵みを活かした製品を世界へ広げたい

ずっと抱いていた「自らの名前のついた物質で世界の人々を幸せにしたい」という想いを実現するため、東京の大手製薬会社勤務という安定した立場を離れて北海道へ移住。現在は札幌市に本社がある健康食品製造メーカー、株式会社アミノアップ化学にて、ご自身が発見した成分を商品化し世界に発信するという長年の夢を叶えた西岡浩さん。
研究者としてのやりがいや仕事に対する想い、北海道での充実した暮らしなどについて伺いました。

株式会社アミノアップ化学 研究部部長
西岡 浩さん

愛知県出身。名古屋大学農学部卒業後、東京で就職。大手製薬会社の研究室で研究職及び企画本部勤務を経験後、2000年に北海道へ。苫小牧にある産業廃棄物関連会社でのバイオ研究開発業務を経て2003年、株式会社アミノアップ化学に入社。アスパラガス由来の商品開発に携わった後、現在研究部部長及び品質保証室室長を兼務。

現在の業務

札幌の研究開発志向型企業で13年

北海道に豊かに息づく自然の恵みをテーマに、天然物由来の機能性素材を研究・開発する株式会社アミノアップ化学。2003年に入社した当初はいち研究員として、天然の農作物や海産物に隠された成分を抽出し、健康増進に役立つ機能を構築・研究開発していく仕事に携わっていました。主に関わってきたのが、2012年に発売した酵素処理アスパラガス抽出物「ETAS(イータス)」。このETASは、北海道産アスパラガスの出荷時に出る、切り落とし部分(未利用部位)を有効活用したもの。抗ストレスや睡眠改善などへの効果が特定された活性素材です。
研究部部長となった現在は、ETASの研究だけでなく、アミノアップ化学のもつAHCC(キノコ類の菌糸体を長期間培養して得られる抽出物)などの開発素材を活用した用途拡大や、新たな素材を開発する複数のプロジェクトを牽引しています。 原料調達から活性評価、成分の構造解析、臨床試験の評価など多岐にわたる一連の流れをいかに効率的にすすめていくか。さらに、製造部、営業部、学術部など様々な部門との協調をスムーズに図ることなど管理職としての課題もさまざま。また、品質保証室の室長も兼務し、安全で安心な商品をいかに提供するか、品質のしっかりした商品を継続してつくっていくか、品質管理のマネジメントも行っています。

北海道へ来たきっかけ

北海道へ来たきっかけは、自然の中で天然物の研究をしたかったから

名古屋出身の私は、名古屋大学農学部を卒業後、当時東京都内に研究所があった大手製薬会社に入社しました。当時は、新薬開発のための研究室に所属。天然物から新規物質を単離・精製する日々を過ごしていました。ところが1999年頃のこと本社・企画室へ異動となり、慣れないスーツを着て出勤する毎日になったのです。デスクワークが肌に合わなかったところに、富良野を舞台とするTVドラマ「北の国から」の影響は大きかったですね。「北海道いいな。自然の中で研究生活を送ってみたい」と思うようになり、このことが私の人生のターニングポイントとなりました。
ラベンダーから精油を作って新しい成分を発見したいと、今から思えばほぼ不可能なことも考え、北海道でのIターン転職先を探したのですが、なかなか理想通りの会社は見つからず…。苫小牧にある産業廃棄物を有効利用する企業に2000年いったん就職。転勤族の父を持ち、東北地方を転々とした妻の賛同も得、北海道への移住が決まったのです。

経営が近い

大手製薬会社との違いは、製品化されるまでのすべてを自分で見届けられる点

これまで培った自分自身のバックグラウンドをもっと活かしたいと思っていたところ、現在のアミノアップ化学の求人を発見し、苫小牧から札幌勤務へ。天然物から新しい機能性食品を開発する研究課題に最も魅力を感じましたね。さらに、実験室とか社内がとても清潔でクリーンな点、「新しい製品につながることなら、なんでも好きなことをやっていい」といった研究者としての発想が活かせる自由度の高さなど、働きやすい環境が整っている点が何より好印象でした。

東京時代での大手製薬会社と、地方の中小企業。ほぼ同じ過程を踏む研究開発の仕事といっても、やはり大きな違いがありました。

大企業での仕事はいわば、ベルトコンベア方式。私たちは「シード(種)」と言っているのですが、開発に有効な新物質が見つかったら、その評価を大勢で分担し、いちプロセスだけを担当していきます。ところが、アミノアップ化学は、商品化までの最初から最後のステップすべてに携わることができたのも嬉しかった。様々な知識が増え、研究者としてのやりがいも増えましたね。以前から「私が発見した物質で世界の人を幸せにしたい」と夢を持ち、何かをなしとげたいと思っていった私の志向と、現在の環境がとてもフィットしていたのは幸せでした。その分、常に産みの苦しみが伴うんですけどね(笑)。

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